【連載コラム】
山岡大基の教育論〈英語教育論編〉3
2011.11.09
【(4)教材の言語的特徴に着目して自由表現につなげることに主眼を置いた授業】
(1)(3)タイプの授業が、教材の英語を理解することに重きを置き、(2)タイプの授業が、教材の英語を内在化させることに重きを置いていると考えるならば、この(4)タイプの授業は、(2)に近いものと言えます。
たとえば、文章中に
She is a woman of remarkable courage and strong will.
という1文がありますが、このofの用法に習熟することを目標とするとします。
辞書の用例を見る、あるいはノートに書き写すなどの準備を経て、たとえば、次のような型にはめて生徒に自由表現を求めることができます。
型:(人名) is a man / woman of (その人の性質・特徴), because (そう判断する理由).
作文例:Murata is a man of courage , because he can touch a cockroach.
あるいは、センテンスを超えたレベルでは、
He decided to publish it. He hoped that others could learn how lively and kindhearted his young daughter had been.
の部分を取り出して、
型:Yesterday, I (自分の取った行動). (その行動の理由).
作文例:Yesterday, I went to a pet shop near my house. I thought I could see some cute puppies there.
のようなことです。
1番目の例では、性質・特徴を表すofの用法を、2番目の例では、接続表現を使うのではなく、センテンスを並べるだけで論理関係を表すやり方を、それぞれ形式は指定したうえで、内容を生徒が自由に考える形で練習しようというわけです。
実際の言語使用としては、表現形式が指定される場面というのはそれほど多くはありませんが、表現内容について生徒の自由な発想が許されることから、実際的なコミュニケーションを志向した(=コミュニカティブな)要素が少し強く出てきていると言えるでしょう。
【(5)教材の内容について理解する過程のコミュニケーションに主眼を置いた授業】
少し持って回った言い方の項目名ですが、一般的に「コミュニカティブなリーディング授業」と言った時に、わりとよくあるタイプの授業を思い浮かべていただければよいと思います。
すなわち、
・教材に書かれている内容を、日本語の助けを借りるのではなく、視覚情報や、平易な英語表現へのパラフレーズなどを通じて理解しようとする
・その過程を英語で行なう、つまり、いわゆる「オール・イングリッシュ」の授業として進める
といった特徴を持つ授業です。
「訳読式リーディング授業からの脱却」というと、こういった授業が1つのモデルとして示されることがありますが、このタイプの授業が何を目標とするかについては、少し考えておかねばならないかもしれません。
見た目にはリーディングの授業ですから、教材の内容を理解することが目標と言えそうなものですが、その場合、「日本語の助けを借りた方が内容理解のためには効率がよいのではないか」あるいは、「パラフレーズした英語は生徒にどうやって理解されているのか」といった批判・疑義がこれまでにも出されてきています。
しかし、コミュニカティブなリーディング授業というときの「コミュニカティブな」というのは、単に見た目にコミュニケーション活動をやっているということではなくて、授業過程そのものがコミュニケーションになっているということである、とする考え方があります。
この考え方に立てば、このタイプの授業は、リーディングの授業というよりは、「リーディング教材を用いて、授業参加者が英語でコミュニケーションをする授業」と意味づけられるように思います。
したがって、教材の内容をいかに効率よく生徒に理解させるか、ということではなくて、その教材を用いてどのようなコミュニケーションができるか、ということが、この授業を考えるうえで必要なことでしょう。
山岡大基(やまおかたいき)さん
中学・高校の英語教員
2001年度〜2004年度 近畿地方の高校
2005年度〜中国地方の中高一貫校に勤務
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