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【連載コラム】

山岡大基の教育論〈英語教育論編〉4

2012.04.11

この記事は「山岡大基の教育論〈英語教育論編〉3」の続きです。

【(6)教材の内容についてクリティカルに吟味することに主眼を置いた授業】

(1)〜(5)で挙げた授業は、どれも所与の教材を完成されたものとみなし、それを正確に理解するなり、正確に内在化させるなり、といったことを目標にするものでした。

しかし、そうではなくて、書かれている内容について「本当にそれでよいか?」と問うてみたり、表現の形式について「もっと良い表現法はないか?」と検討してみたりすることも可能です。
いわゆる「批判思考」「クリティカル・シンキング」の実践です。

たとえば、

I was only willing to do what was asked of me and what seemed necessary at the time.

という文がありますが、なぜI was(only)willing to do…という表現が選ばれているのか、I was ready to do…やI wanted to do…ではだめなのか、といったことを検討してみることが考えられます。

【(7)教材の内容を自分自身に引き付け、人間的な成長を促すことに主眼を置いた授業】

一部の優れた英語教師がやって見せていることですが、教材の内容を深く掘り下げ、それを生徒が自分自身に関連付けて考えることで、生徒自身のうちに考えたい・伝えたい内容を生み出し、それをコミュニケートするような授業があります。
極端な話、英語の授業というよりは、道徳を英語でやっているような授業のことです。

私自身にはこのタイプの授業ができる力量がまるでないので貧弱な想像力しか働きませんが、たとえば、文章中の“hero”という語に着目し、「自分にとってのheroとは何か」「自分自身がheroであるために必要なことは何か」といったようなことを生徒に考えさせていく授業がありうるかと思います。

以上、1つの教材例からどのような授業が可能かを、きわめて大雑把に例示してきました。
ここまでお読みになった方はもうお気づきのことでしょうが、上に挙げた(1)〜(7)のタイプは、どれも単独で行なわれることは少なく、ほとんどの場合は組み合わされて、1つの授業なり一定期間におよぶ授業シリーズが構成されるものです。

たとえば、(2)のような機械的なやり方で、教材の表層的な意味内容の理解までは手早く済ませておいて、その上で(6)や(7)のような、より「深い」ことがらに時間を割く、ということも、授業の構想としてはごく普通にあることです。

上に挙げた(1)〜(7)の例示では、「理解」を重視する授業と「発信」を重視する授業が混在しています。
また、そもそもある教材を使った授業を考えるときに、どのような生徒に対して、どのような条件で授業をするのか、という諸々の要因がある程度明確でないと、授業の目標も、その目標を達成するための手段も定まってきません。

そして、(1)から(7)に向かって、教師にとって授業の難度が上がっていくもの、つまり、授業を行なう準備に手間がよりかかるもの、経験がより必要となるもの、となっているとは見られないでしょうか。

また、この順序は、私自身の授業がたどってきた道とも、おおよそ重なるものです。
正確に言えば、(1)→(3)→(2)→(4)→(5)とやってきて、(6)や(7)には、散発的にしか踏み込めていないという段階です。
そして、これは私の推測ですが、多くの英語教師も、私と似たような過程を経て、授業が変容していっているのではないでしょうか。

よく言われることに、「自分が教えられたように教えるのが一番やりやすい」ということがあります。

高校英語教育の実態として(1)タイプの授業は今でも多いと思います。
とすると、そういった授業を受けてきた人が教える側にまわったとき、英語教育の専門的トレーニングを受けていなければ、おそらく(1)タイプを再生産することになるのが自然でしょう。

また、教育学部等できちんと学んだ人でも、当初こそ「オール・イングリッシュでコミュニカティブな授業を!」と意気込んで(5)以降のタイプに挑戦するものの、挫折、例えば定期テストで自分の担当クラスの平均点が低いとか、そういうことをきっかけにして(1)に戻り、そこから再出発するというのは、よく聞く話です。

そして、これほどに英語教育の研究が(少なくとも一部では)高度化し、優れた実践が豊富にメディアで流通している時代に、若手教師が昔とさほど変わらない授業をしていることも少なくないでしょう。

※「地道にマジメに英語教育」から一部修正のうえ転載

山岡大基(やまおかたいき)さん
中学・高校の英語教員
2001年度〜2004年度 近畿地方の高校
2005年度〜中国地方の中高一貫校に勤務

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