編集長ノート

仕事をしていると「何をしたら良いですか?」「どうしたら良いですか?」と指示を仰がれることがある。
その時に私は違和感を感じる時がある。

違和感を感じる時というのは、私が当事者ではない事案で、当事者から指示を仰がれる時だ。
意外にもそのようなシチュエーションに多々遭遇する。
自分の事なのに、自身で何をすべきか考えることをせずに、他人に頼っている人が多いという事だ。

指示をされなければ何もできない(やらない)という“待ちの姿勢”の人は多くいる。
この“待ちの姿勢”の人は若者に限らない。
これは世代の問題ではなく、日本人に比較的多い特性なのかもしれない。

日本の教育制度を鑑みてみると、その特性は確かに納得ができる。
日本の教育は「学習」することに重きを置かれているからだ。

学習とはその字の通り、「習って学ぶ」こと。
先生が答えをもっていて、生徒はその答えを先生から学ぶことで教育されてきた。
高度経済成長期にはとにかく先進国に追いつけ追い越せで、勤勉な“学習者”である日本人は目を見張る成長を遂げたのだろう。
この日本の教育がひとつの成功例であることは間違いない。
しかし、先進国として先を行く存在となった日本で、さらにグローバル化が進む現在、すでにある知識を「学習」する事だけでは成長は見込めない。

そのような状況があり、近年では「学問」を中心とする教育スタイルが注目を集めている。
従来の学習スタイルではなく、アウトプット型の教育を中心にしている教育機関も増えてきた。
ディスカッションやディベートなど、自分自身もしくはグループで答えを導き出していくということで学びを深め、「自分で考える」力を養う教育が注目されているのだ。

「何をしたら良いですか?」という指示待ちではなく「こうしたらどうですか?」という提案型の問いかけが出来るような人材を育てる。
そのように日本の教育は変わろうとしているように見える。

福沢諭吉が「学問のすゝめ」を書いて140年以上経った今、改めて「学問」が見直され、日本が変わり始めているのかもしれない。

編集長プロフィール

天野智之

天野智之

15歳で単身ニュージーランドの高校へ留学。高校卒業後に渡米、カリフォルニア州立大学で学位を取得。その後日本へ帰国し、会社員を経て起業。
「海外から見た日本の教育」という視点で日本の教育制度にもの申す!

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