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加藤順彦

シンガポールに移住し、ASEANで起業する日本の若手起業家に資本と経営の両面から参画し、ハンズオン・フルサポート支援している加藤順彦氏。海外に身を置く事業家としてお話を伺った。

世界と繋がっていない日本

-関西学院大学在学中に起業されたと聞きました。

加藤:大学の先輩で、現在はKlab株式会社の代表を務めている真田哲弥さんと知り合ったことが影響しています。当時から真田さんは大阪ミナミではとても有名で人脈も広く、彼に憧れて、真田さんの立ち上げた運転免許合宿の斡旋事業に参画したのが始まりです。
その後、社会問題にも発展した「ダイヤルQ2」事業のダイヤルキューネットワークに参画し、右肩上がりに事業が急成長したのですが、その急成長が問題視され社会問題化にまで発展。NTTから支払条件の一方的な変更が通達されたことで、毎月数億の売上のあった会社があっという間に経営破綻にまで追い込まれました。
この時にベンチャーの怖さを知りました。まじめにやっていても、雲の上で勝手にルールを変更されて、理不尽に潰されてしまう、出る杭は打たれるということを身を持ってしったのです。

-しかしその後も就職の道を選ばずにご自身でビジネスを立ち上げられていますね。

加藤:ダイヤルキューネットワーク時代の縁もあって、有限会社日広(現 GMO NIKKO株式会社)という広告代理店を立ち上げることになりました。
雑誌広告から始まり、時代の波に乗ってネット広告にシフトし、ピーク時には連結で年商120億円、160名以上のスタッフを抱えるまでに成長しました。
しかし、2006年に堀江貴文氏が逮捕され、「ライブドアショック」のあおりも受けて業績が悪化し、事業を譲渡することになりました。

-シンガポールへの移住はその時に決意されたのでしょうか?

加藤:そうですね。会社が傾いたことで様々な“気付き”がありました。
当時のインターネット業界は、日本・米国・欧州の3マーケットが牛耳っていました。 ネット広告を扱っていたこともあり、私は年に何回か渡米して最新のネット技術やマーケティングについて情報収集していました。
Googleが毎年末に事業パートナーや、世界のビジョナリーを集めて開催している「ツァイトガイスト」にも毎年招待されていたのですが、ちょうどライブドアショックのあった2006年ころからツァイトガイストに参加するメンバーに大きな変化が現れました。
以前まで150名程度だった参加者が一気に倍の300名くらいに増えた。その増えた参加者はアジアやアフリカ、南米など世界各国から来ていたのです。
そしてその場でGoogleの元CEOエリックシュミット氏が「これからはアジアが主要なマーケットになる」と発言したのです。
さらに驚いたのは、参加者の中で同時通訳を使っていたのは日本人だけ!イベント後のパーティーでも、他の参加者たちが交流を深める中で、日本人だけでかたまっていた。
今まではその光景に疑問を感じなかったのですが、その時私は「世界と繋がっていない日本」を目の当りにして衝撃を受けました。

若者よアジアのウミガメになれ!

-世界と繋がっていない日本に衝撃を受けて、そのままシンガポールへ移住する行動力が凄いですね。

加藤:当時私は41歳だったのですが、また東京で起業するよりももっとドキドキすることにチャレンジしたいと思ったのです。
世界と繋がらなければいけないことに気付かされた私は、自分自身が海外に出ることを決意しました。

-シンガポールを選んだ理由は?

加藤:外国人の起業環境が優れているからです。シンガポールに住む3人に1人は外国人です。アジアには多様な文化、言語、宗教がありますが、その多様性を許容し、外国人の力をうまく活用して急成長したシンガポールという国に大きな可能性を感じたのです。

-実際に海外にでてみて感じたことは?

加藤:改めて、日本は世界をもっと知るべきだと思っています。
私は良く、「アジアのウミガメになれ!」と若者に呼びかけています。ウミガメとは海外から凱旋帰国した人たちのことを指しているのですが、これは外国で学び得た知識や技術、経験をもち帰り母国で活躍することに対する、もともとは中国の喩えです。
たとえば、先日ニューヨーク証券取引所へ上場した、中国EC最大手のアリババを創業したジャック・マー氏。彼らは米国で学んだことを中国に持ち帰り、中国国内でイノベーションを起こし、雇用も生んでいます。彼らは中国の教科書に載るほど、ロールモデルとされている。
しかし日本ではどうでしょう?ベンチャーで大成功を収めている若い実業家を叩く風潮はあっても、国としてロールモデル化するようなことはないですよね。
それどころか、堀江貴文氏の例のように、出る杭を叩き、社会的な制裁を加えるような風潮がある。若い芽を摘んでいたら日本は終わってしまいますよ。
だから私は、もっと海外で活躍する若い芽を育てる、日本のウミガメ達をサポートしたいのです。

もっと生き急げ!世界を体験しろ!

-これから海外を目指す若者にメッセージをお願いします。

加藤:人生は短い!もっと生き急ぐべきです。
「いつかやる」という時の「いつか」はこない。やりたいとき、やれるときにやらなければいけない。
私が今の年齢になって思うことは、体力・気力のピークは30代半ばくらいです。それ以降は今までの経験をもとに効率よく生きていかなければならない。
もちろん何歳になっても「遅すぎる」ということはないので、チャレンジしたいことはドンドンチャレンジすべきですが、「早すぎる」ということもないのです。何歳でもチャレンジすべき。
誰しもが年老いていく。これは変えられない事実です。しかし「老い」を待つのではなく、老いを受け入れてチャレンジしなければいけない。今自分ができる事と同じことが来年できるとは限らない。年をとればパフォーマンスは落ちる一方なのだから、パフォーマンスの高いうち、早いうちにやるべきなのです。

-英語教育や留学の低年齢化などが懸念される声が日本ではあります。

加藤:言語を習得するのは早ければ早い方が良い。「早すぎる」という議論はおかしい。逆に年をとってしまうとそれだけ習熟度が落ちて、同じことを学ぶのにより時間がかかってしまって効率が悪くなりますよ。
若いうちは旅行でも良いからどんどん世界に出て、世界を体感すべきです。 体験することでしか「世界観」「新しい価値観」は得られません。



加藤順彦

加藤順彦(かとうよりひこ)さん
エンジェル事業家 LENSMODE PTE LTD  

大学在学中に(株)リョーマ、(株)ダイヤルキューネットワークの設立に参画。 (株)徳間インテリジェンスネットワークを経て1992年、有限会社日広(現GMO NIKKO株式会社)を創業。
2008年、NIKKOのGMOインターネットグループ傘下入りに伴い退任しシンガポールへ移住し、若き日本人起業家への投資&支援をおこなっている。
2015年に、東京都港区渋谷区にエリアを限定した宅配事業の株式会社シャンデリ屋を設立。 著書には『シンガポールと香港のことがマンガで3時間でわかる本』(アスカビジネス)、『講演録 若者よ、アジアのウミガメとなれ』(ゴマブックス)がある。

ご紹介者





真田哲弥

【加藤社長をご紹介頂いたのはこの方】
真田哲弥(さなだてつや)さん
KLab株式会社 代表取締役
真田社長の記事はコチラ

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