特集

世界でも歴史のある出版社の1つのケンブリッジ大学出版局。
英語教育教材のリーディングカンパニーの一つのケンブリッジ大学出版局の宍戸一氏に話しを伺った。

英語は必要と思った時に始める。本人の中の「目的意識」が重要

天野:宍戸さんは洋書や英語教育教材に携わるお仕事を長くされていますが、元々この業界に入るキッカケは?

宍戸:私が中学校3年生の時に札幌冬季オリンピックが開催されました。
札幌に住んでいた私は、毎日のように選手村に行って選手のサインをもらったりしていました。
そんな時にあるカナダの女子選手と出会った事がキッカケになっていると思います。
私がたまたまその選手に日本人形のプレゼントを渡したところ、後日その人からスマイルマークのバッジがお返しで届きました。
その後その人と文通友達になり、文通を始めたのです。
しかし、当時英語もできない私は、彼女から送られてくる手紙を読むことすらできず、困っていた時に、家の近くにあった教会に駆け込んでアメリカ人に翻訳してもらったのです。
それからは定期的にその教会で英語を教えてもらいながら彼女と文通を続けていました。

天野:まさにコミュニケーションを取りたい。という強い目的意識が生まれたことで英語を学び始めるキッカケになったのですね。

宍戸:目的が無ければ学ぶ意味も意欲もわきません。
無理に英語を学ばせようとしても、日本国内にいて英語を使う必要が無い子たちには英語を学びたいと思う理由が無いのです。
このような仕事をしていると「何歳から英語を学ぶと良いですか?」と聞かれることがありますが「英語は必要になった時から学び始めれば良い」と私は答えます。
目的もなく無理に勉強させようとしてもうまくいかないからです。

天野:今の日本では「とにかく英語だ!」という風潮がありますが、うまく行かない理由の一つとしては、実際に英語が必要な人がほとんどいないからですよね。

宍戸:日本にいてもこれから英語が必要になる機会は増えていきます。
そんな時に備える為にも私達にできることの一つとしては、「英語が必要」と思わせるキッカケを用意してあげることだと思います。
音や絵などだけでも良いので子供達に海外のものに触れさせてあげるなど、自発的に興味が湧くようにキッカケを与えることはできます。

TOEFLは適切か?!英語教育全体に「目的」を

天野:大学入試にTOEFLを導入しようなど、英語教育変革の動きは活発になっているように思いますが、これらの議論をどのように思いますか?

宍戸:そもそも、TOEFLなどのテストは日本の大学入試として適切なのでしょうか?TOEFLで良い点が取れる人材を本当に今の日本の大学が欲しているのでしょうか? 大学入試だけでなく、日本の英語教育全体として、どうしたいのか目的がはっきりしていないのでは意味がないでしょう。

天野:確かに、目的がはっきりしない中で、英語試験の良し悪しの議論や、小学校英語の教科化の話がそれぞれ進んでいますが、ゴールが見えないですね。

宍戸:長い間英語教育の業界にいますが、ここ数年は、今までにないくらい英語教育が注目を集めています。
今こそ「本当に必要な英語教育」が求められているのだと感じています。

天野:今までの英語教育もダメだったわけではなく、目的が無かった為に、向かうべき方向性が見いだせなかっただけなのかもしれないですね。

「多様性」という価値感を教育現場へ

天野:小学校英語や高校英語のオールイングリッシュ授業などの流れを見ていると、「コミュニケーション」という部分に目的が向かっているように感じます。

宍戸:英語に限らず「コミュニケーション」はすごく大事です。
言葉が通じない人同士でも「思いやり」や「気遣い」は通じます。
英語教育については色々な議論がされていますが、基本的な部分を忘れてはいけないです。
また、英語の授業を英語でやるという事は、日本人の先生が生徒の前で「英語を話す姿を見せる」ことになるので、それはすごく価値のあることだと思います。

天野:日本人は恥ずかしがって話さない為、英語ができてもコミュニケーションが取れないということは良く言われます。

宍戸:今年ある学会で日本人の大学の先生が「神棚イングリッシュ」という表現をしていたのがとても印象的でした。
日本人は英語をまるで特別な存在のように扱っていて、普段は奉っていて神々しい物のように眺めている。
英語はあくまでコミュニケーションツールですから、使わないで置いておいても意味がありませんよね。

天野:とてもユニークな表現ですね。まさに日本人の英語に対する姿勢を表しているようです。

宍戸:日本人は完璧な英語じゃなきゃしゃべってはいけないように思っている節があります。
しかし色々な人がいます。
世界の英語話者のほとんどが英語ネイティブではない人たちで、アジアなどの国でも第二言語として英語を話す人ばかりです。
とにかく多様性を受け入れて、ネイティブのような英語じゃなくても良いことを知って欲しい。
日本人は同じ価値観を共有しがちですが、もし1つの映画を見て世界中の人たちが1つの同じ価値観を持ったら恐ろしいと思いませんか?
多種多様な価値観があり、それを認めるから面白いのです。
多様性を学ぶ為には様々な人や文化に触れることが必要。とにかく臆せずにコミュニケーションをとれるようになって欲しいです。

取材日:2013年7月24日

宍戸一

宍戸一さん
株式会社Cambridge University Press Japan、ELT SALES EXECUTIVE
札幌大学を卒業後に日本洋書販売に就職。その後外資系の教材会社の営業として活躍し、現在はケンブリッジ大学出版局にて英語教育教材の営業に携わっている。

編集後記

東南アジアなどを旅行すると、小さい子供達が観光客に群がってお土産を売っている姿を目にする。
そこで驚くのが、子供達がその旅行者の出身国の言語で話しかけていることだ。
日本人には日本語、中国人には中国語、欧米人には英語など、言語を使い分けている。
それは生活の為に身に付けなければ行けないという強い目的意識のもとで、言語を習得しているのだろう。
しかし、日本にいて日本語で生活が出来てしまう我々日本人には、「英語を学ばなければ行けない!」という切実な目的意識は存在しない。
英語に興味がある人以外に英語を学んでもらう為には、極論は2択になるのだと私は考えている。
1つは強制的に英語を学ばせること。
楽天株式会社の英語公用語化は強制的な部類の良い例なのかもしれない。
もう一つは宍戸さんの言うように自分自身で必要性に気づかせてあげること。
どちらも正しいのだろう。
しかし、グローバル化が急速に進み、より多くの日本人に英語力が求められるようになっている中で、いかに短期間で目的意識を持たせるのか?この部分は多いに議論すべきだろう。

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