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8月15日、夏のスキージャンプ・ワールドカップ(以下W杯)の第3戦が、フランス・ クールシュベル(Courchevel)で開催された。
大会前日、同大会に出場する清水礼留飛(れるひ)選手に、フランス在住のジャーナリスト、祐天寺りえがインタビュー!  「世界で闘うための資質」とは何かを訊いた。

7歳でスキーを始め、ソチオリンピック銅メダルに貢献

スキージャンプ・ノルディック複合選手の父と兄を持ち、日本で初めて本格的なスキー指導を行った人として知られるオーストリア人、レルヒ少佐に由来する名を持つ清水礼留飛選手。20歳。ソチオリンピックの男子ジャンプ団体戦では、銅メダル獲得に貢献した。
 カメラを向けるとすぐ笑顔で応じる、その物怖じしない人柄がヨーロッパでもとても人気のジャンパーだ。

 7歳からスキーを始めた清水選手。すぐに頭角を表し、全国中学校スキー大会、全日本ジュニアスキー選手権大会で優勝。そして、2012年、若干18歳で、夏のW杯の初戦のフランス・クールシュベル大会で初優勝を達成。その後、ソチオリンピックでの活躍は既に述べたとおり。
 ところで、なぜ夏なのにスキー? ジャンプ? と思う人も多いだろう。スキー・ジャンプは冬だけと思われがちだが、実際には夏も盛んなスポーツで、夏のW杯だけでも約10戦が日本をはじめ世界7カ国で開催される(日本会場は長野県白馬村)。
 もちろん夏に雪はなく、ジャンプ台のランディングバーンを覆うのは緑の人工芝。観戦も、太陽の降り注ぐ中ビールを呑みながら……のことが多く、気軽で楽しい! と、ヨーロッパではむしろ冬よりも観客が集まる人気イベントになっている。
 また大会前日は、一般客も散歩がてらジャンプ台の脇の階段を登り、すぐ横で空中に飛び出して行く選手達の練習姿を目で追うことができる。滑走路上では時速100km前後ものスピードが出ているというだけあって、飛んでいく際にもゴォ?ッという、まるで飛行機のような轟音を伴う。
 とても人間とは思えない、その技を目前で観られるのは実に楽しい。

海外であらゆるものを見て吸収。そこから改革が始まった。

「海外で闘うためには何が一番必要?」単刀直入に聞いてみた。
 1年のうち8カ月は遠征という生活。それに耐えるための強靭な体力や精神力? チームでの行動が多いので協調性? はたまた語学力?  そんな記者の予想を裏切って返ってきたのは
「なにより必要なのは“経験”だと思います」
 という躊躇せずの即答。
「若いうちから外国に出て、何でもいいから自分の目で見て感じる。色々なことをありのまま吸収する。そこから改革が始まるので」
 14歳で初めて海外遠征。17歳からは国際大会に出場。外国に行く度、外国選手達の態度や練習方法、競技への取り組み方などに違いを感じ、感化された。
 日本の男子ジャンプのレベルの高さは世界でも名高い。選手層も厚く、国内での競争も熾烈だ。しかし……
「もちろん、日本の選手達も必死にやっています。でも僕の場合は何かが違う。外国選手や外国のシステムは、もっとシビアで手厳しい感じがする。自分はまだまだ甘いなぁ?と」
 それがまた良い刺激や励みにもなっている。
「自分はまだまだ」と感じる“経験”を頻繁に持つことが彼の成長の源なのかもしれない。
 海外遠征を始め、外国を見たことで自分を直視するようにもなったという。
 そして、自分だけを見つめるようになればなるほど他人との比較をしなくなっていった。
「他人と比べない」
 これが及ぼす影響や効果は大きい。
 自分への集中力が増し、順位ではなく自分の力を直視する。すると、周囲に動じることなく分析や評価を正しくできるようになる。なにより卑屈になったり、逆に驕り高ぶることもなくなる。

スランプなんて世界トップレベルの人のもの

ジャンプを辞めようと思ったことは?。
「たぶん1度もない」。
 13年間、スランプに陥ったこともないという。もちろん、いつも順調なわけではない。むしろ、しばしば伸び悩みの時期を乗り越えているかのようにメディアでは書かれている。 でも、それを清水選手自身は「壁」や「スランプ」とは思っていない。なぜなら。
「スランプなんて本当は世界のトップレベルにならないと陥らない。僕はそう思っているので」。
「えっ? もうオリンピック代表選手。既にトップレベルなのでは?」。
 と驚くと、大きく手を振り、。
「とんでもない。まだまだですよ。常に世界でトップ10に入るくらいじゃなきゃ」。
 謙遜ではなく本心からそう言う。。
「まだまだ直すところ、できないことがある」。
 つまり、まだまだ努力できる。がんばれる。いつもそう想う。だから壁にぶつからないし、スランプにも陥らない。

過去の栄光は振り向かない。前に向かって進むだけ。

「クールシュベルで華々しく優勝したときみたいにもう一度! と思ったりしないの?」
 大会前日だというのに、そんな不躾な質問を投げてみた。でも彼は、
「あのときは丁度ルールが変わった年で、ベテラン選手達が力を発揮できなかった。だからラッキーなことに僕が優勝できたんです」
 とあっさり。
「もちろん、うまく飛べたのだとは思う。でも、前にできた自分の良い飛びを思い出したり参考にしたりはしない。良かったときのイメージの再現なんて不可能だし、前のことって結局は、常に古いテクニックですよね。そういうのは忘れて新しいテクニックを探さないと、上達も前進もできないから」
 過去は振り返らず、前へ前へと進んでいく。
 そういえば、ジャンプは途中で止まることもバックすることもできないスポーツだ。一度スタートしたら、もう迷わない。考えない。ひたすらレールの上を滑り降り、足裏でしっかりとレールを感じ、そのレールが途切れるところで躊躇なく踏み切り空に飛び出す。まさに“そのときだけ”の競技。
 翌日、清水選手はラージヒルで124.5mと113.8mを飛び、順位は21位。風にも恵まれず、本意とはいえない結果に終わった。でも、 「ジャンプ台の上から着地した時までしか、ジャンプのことは考えない」
という清水選手。うまく飛べなくても引きずらない。ひたすら「自分」と「そのとき」そして飛ぶ「前方」だけを見つめている彼が、4年後のオリンピックまでにどのような成長を見せてくれるのか、楽しみだ。

取材協力:雪印メグミルク株式会社/ Courchevel.O.T.

清水礼留飛

清水礼留飛(しみずれるひ)さん 写真左
スキージャンパー

※写真:雪印メグミルク株式会社提供

1993年12月4日生まれ。新潟県妙高市出身。新潟県立新井高等学校卒。雪印メグミルク株式会社所属。2014年ソチオリンピックでは葛西紀明、伊東大貴選手らと組んだ団体戦で1番手を務め、 2本のジャンプ共に1番手グループ2位のポイントを記録。銅メダル獲得に貢献。個人ラージヒルでも10位入賞。

写真・文=祐天寺りえ
フランス在住ジャーナリスト。1964年横浜生まれ。フレンチアルプスに20年在住。3子のうち長女(19)はテレマークのワールドカップ選手。長男(14) はサボア地方連盟複合選手。その影響を受け、すっかり競技ファンとなり、今後はスポーツ教育についても書ければ!と意欲を燃やし中。今回はその第一歩! 著書『フランスだったら産めると思った』(原書房)他。

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