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【連載コラム】

【連載6】スピーチトレーニングの実際(1)

2014.09.08

■スピーチの基本

英語のスピーチには、押さえておくべきいくつかの基本的な事項があります。日本における演説とは異なり、以前にもご紹介したとおり、英語のスピーチには2500年前のアリストテレスの「弁論術」以来の流れと伝統があります。さらには、プレゼンとも共通して、スピーチには、一定のフォーマットが存在します。そして、そのフォーマットを習得させることが、一番効率的な指導になると感じています。
スピーチは最近でこそ、TEDなどのプレゼン番組、スティーブ・ジョブズやオバマ大統領の演説などが有名になり、関心を集めてきていますが、欧米流のスピーチと日本の演説との違いを体得する機会は少ないと言えます。そこで今回は、私自身が実際に中学校で3年生を対象に実践した、スピーチ指導の方法をご紹介したいと思います。
中学3年生ぐらいになると、ディベートと同じように、あるていど理屈・理論から入るほうが効率が上がると思います。私の実践も、ビジネスマンに施すのとほぼ同じような内容で授業を進めました。この授業には、2時限分を使いました。

■コンテクストをつくる
1時限目は、コンテクストづくりです。ただ、やみくもにスピーチの原稿を書かせたり、しゃべらせるのではなく、まず欧米でスピーチがどのような地位を占めているのかを理解させる必要があります。スピーチの社会的な役割や、日本での位置づけとの違いについて説明し、スピーチに対する新しいコンテクストをつくることから始めます。
 (1) 欧米でのスピーチの地位
 (2) 日本の文化と欧米の文化との違い
 (3) 有名なスピーチのエピソード

主として上記の3点に絞って話をすることで、欧米でのスピーチが占める重要性、社会的意味、さらには、書き物を重要視する日本の文化と話すことを重要視する欧米の文化との違いを説明していきます。
インターネットへの接続環境が整っているなら、YouTubeにあるアメリカの有名な演説・スピーチをまず見聞きさせることも有効です。そして、欧米のスピーチが音を重視する文化であることを強調することも、その後の発音の指導などにもつながる点で、重要であると言えます。
たとえば、古いところでは、シェークスピアの作品が、なぜ、いまでもイギリス文学の金字塔と言われ、繰り返し上演されているのか。その偉大さを説明するだけでも、英語の音によってもたらされるスピーチという文化の本質を、おぼろげながらも理解させることが可能になります。
あるいは、これもシェークスピア関係ですが、『ジュリアス・シーザー』の一幕でのマーク・アントニーの有名な演説を取り上げてもいいでしょう。これにより、人々の心を動かすだけのスピーチが持つ力、あるいはレトリックが持つ力を説明することができます。一見、テーマが古すぎる、あるいは難しすぎると思われるかもしれませんが、こうした話を知らない中学生は、かえって新鮮に感じるようです。
そして、最後にはオバマ大統領・キング牧師・リンカーン元大統領のスピーチを取り上げます。3人のスピーチが、All men are created equal.という点で、連綿と続くアメリカ合衆国建国の理想と深いところでつながっており、奴隷解放とも結び付いていること、いずれも引用の形式を取っていることなどを示します。これによって、国のリーダーが国民を引っ張っていくリーダーシップの手段として、スピーチが重要な役割を果たしていることを、少しでも理解させることができるようになるはずです。加えて、欧米のスピーチの大まかな概念を理解させることもできます。

■スピーチのレディネス
日本人の謙虚さや誠実さ、一生懸命さだけでは、スピーチをしても思ったことを伝えきれない、伝えるためには必要なフォーマットがある――そのことを、次に紹介していきます。
[スピーチのフォーマット]
 (1) 序論 Introduction
 (2) 本論 Body
 (3) 結論 Conclusion

これは、プレゼンのフォーマットとほぼ同じです。しかしプレゼンでは、いわゆるvisual aidとしてKeynoteやPower Pointを利用できる点が異なっています。スピーチの場合には、言葉だけで伝えていかなければならない難しさがあります。これを乗り越えるには、まず自分自身を整える必要があります。
スピーチと聞いただけで、生徒によっては、非常に困難なものと感じたりします(ときにスピーチができない発達障害を抱えているケースもありますので、事前に担任の先生と打ち合わせをしておく必要があります)。そこで、いつもこの場面では、次のように質問します。「人間が最も恐れていることが2つあると言われています。さて、その2つとは何でしょうか?」と。 これに即答できる生徒はまずいないので、答えをこちらから言います。「ひとつは、『死ぬこと』です。そして、もうひとつは、『人前で話すこと』です」。
そして、次のように説明を加えます。
「これは、アメリカの有名なスピーチ・トレーナーの言葉です。この言葉からも分かるように、プレゼンやスピーチが得意そうに見えるアメリカ人でも、ある意味、人類だれでも(笑)、実は人前でスピーチするのは本当に嫌なことなんですね! ですから、いま嫌だと思っているみんなも、それが当たり前だと思ってください! では、どうやったらスティーブ・ジョブズやオバマみたいに、自信たっぷりに人前で話せるようになるのでしょうか? それは、パターンを覚えることと、場数を踏む、つまり何度もやってみること、これによって、できるようになるんです」。
たとえば、このように説明することで、心理的なバリアをクリアしていきます。

■スピーチの5つのステップ
次に、人前で楽に話せるようにためのフォーマットを紹介します。ここまで説明すると、多くの生徒たちは、そのフォーマットをぜひ知りたいと思うようになります。そこで、次の5つのステップを踏めば、必ず成功するスピーチができるようになるよ、と話を進めていきます。
[必勝! 5つのステップ]
 (1) リエゾンのステップ
 (2) アラインメントのステップ
 (3) スペキュレーションのステップ
 (4) イメージのためのステップ
 (5) アクションためのステップ
それぞれの言葉は大変難しく、中学校英語の範囲を超えています。しかし、これらをひとつずつ丁寧に解説することによって、かえって強い印象を与え、理解を深めさせることができます。そして、これら5つのステップをきちんと踏んでいくだけで、自分の考えや意見を聞き手に伝えることが可能になります。
まず、一番大切なのは、最初のステップ、「リエゾン」です。リエゾンは、もともとはフランス語で、「連携、つながり」を意味する語です。また、英語の音のつながりを説明する際に使われる言葉でもあるので、ここで説明しておくのもよいと思います。

■リエゾンのつくり方
リエゾンは、話し手である自分と聞き手との「つながり(=リエゾン)」をつくり出す最も大事なステップです。
授業では、「でも、話し手と聞き手は、初対面であることがほとんどですよね。では、どうやって初めて会ったときに、リエゾン、つまり人間関係をつくることができるのでしょうか? 一緒にご飯を食べたり、付け届けをしないとできないような気もしますよね?」と生徒に問いかけます。
「でも、スピーチの世界では、一瞬にして、その場で人間関係をつくることが可能です。実は、私たちは無意識のうちに、人と関係を持たないように行動している、と心理学で言われています。
たとえば、電車に乗って車内の座席が全部あいていたとしたら、みんなだったら、どこから座るかな? 大抵は、それぞれの列のはしっこから座るよね。これはなぜかな? そう、これが、人とは一緒にいないようにしている無意識の感覚、別名「パーソナルゾーンを持っている」という考え方なんです。
実は、人間はみな、一定の距離内に他人を入れないようにするという「パーソナルゾーン」を持っていると言われています。その範囲に他人が入ってくると、攻撃されたときに危険を防げないからです。そのため、無意識にガードしているんです。ですから、エレベーターに乗ったとたんに、なんとなく気まずい雰囲気になるのは、エレベーター内では全員のパーソナルゾーンが重なってしまうからなんです。
このように、基本的に私たちは、無意識に人とは一緒にいないように行動しています。では、このことを確かめるために、いまから簡単なエクササイズをしたいと思います。隣の席の人と向い合って、5分間、目と目を合わせてみてもらえますか?」 このように話をすると、クラスには大爆笑とどよめきがわき起こります。ここで、「実際には、やりません!」と宣言し、安心させてあげます。
「さて、いま『隣の人と5分間、目と目を合わせて!』と言われたとき、どう感じましたか? 嫌でしたよね! これが、私たちが人と一緒にいないようにしている、ということの意味なのです。スピーチというものがいかに危険なことに感じられ、多くの人、いやほとんどの人にとって避けたいもののひとつであるか、分かったと思います。では、次の時間は、どうやってこの避けたいものを、伝えたいという気持ちに変えるか、について話したいと思います」と1時限目を終了します。
次回は、この続きで、実際のスピーチトレーニングについて解説したいと思います。

記事提供:先生のための語学教材活用ルーム「Lesson Library
執筆:竹村和浩さん TLL言語研究所 代表

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